EF70-200mm F2.8L IS USM
ボクは父親になってから、写真(カメラ)デビューしました。
それは単に、自身が子どもの成長と思い出を記録しようと、そして、後に聞きたがりもしない成長した娘たちに恩着せがましく、「この写真は・・・」とウンチクを並べたかっただけなのかもしれません。
ひとは皆、同じ幸や不幸を持っていません。耐えられる力も千差万別ですから、幸も不幸も、量り比べることができないからです。
だから、ひとは経験したことがないことでも、それを補う心として「察する」という行為があるのではないでしょうか。
ボクは、ブログのトップに「本当のところ、何を撮りたいのかが分かっていません。」と、紹介してきました。
このことを思い、紹介文を考えていたとき、「何を」とは、人物や風景などの“ジャンル”のことを念頭にいれていたのです。だって、娘も妻も家族も友だちも人々も海も山も空も川も街並みも花も、みんな撮りたいのですから。
やっと、気づいたこと。
それは「幸せ」を撮ること。
案外、幸せなくせに、どこか幸せをバカにしていたことに気づいたからなんです。
「シアワセなボク」が撮る「娘や妻や家族や友だちや人々や海や山や空や川や街並みや花」を、きっとシアワセなんだと実感してもらえる、少なくともボクがシアワセなんだという作品を創っていきたいと思います。
今日は、日ごろのおつきあいの中で、とても明確に写真の目標・テーマを思いついたので、今日の記事に記しておきます。
この写真、何度もプリントしました。
ボクのモニタでは、この作品のキモの一つであるディテールが見えないからです。
それは、彼が彼女の腰に手を廻しているところ。
プリントではハッキリとそれが分かりますが、みなさんのモニタにはどのように写っているでしょうか。
写真を撮った後、二人に声をかけてみましたが、とても幸せそうでした。
*ブログの紹介文は、あとで変更しますので、のちのブログでは意味が不明になります。
*どうしても、先行で記事にしたかったので、夕陽が沈んでしまいました。(^^;) 明日は、少し戻るかもしれません(苦笑)
ボクのモニタでは、この作品のキモの一つであるディテールが見えないからです。
それは、彼が彼女の腰に手を廻しているところ。
プリントではハッキリとそれが分かりますが、みなさんのモニタにはどのように写っているでしょうか。
写真を撮った後、二人に声をかけてみましたが、とても幸せそうでした。
*ブログの紹介文は、あとで変更しますので、のちのブログでは意味が不明になります。
*どうしても、先行で記事にしたかったので、夕陽が沈んでしまいました。(^^;) 明日は、少し戻るかもしれません(苦笑)
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プリントの裏に、パパの想いを書き残しておくと、さらに、いいすよぉ~。
娘達へ
君達もいつか素敵な幸せなをみつけてくださいとか、、
おお~、私もやろうって今、思いました、、早速、照明写真の裏に書きます。あはっ。
>プリントの裏に、パパの想いを書き残しておくと
なるほどぉ~、照れくさいけどいい思い出になるかもしれませんね。
>私もやろうって今、思いました
まだ、やってないんじゃないですか(^^;)
でも、書いているそばから、読まれるのはイヤですねぇ。こそっと書かなくちゃ(笑)
安心しました。良かったです。
ちょっと、今夜は調整しようと思います(^^;)